
- ほしいものをじっくり選んで、気に入った「ひとつ」を見つける。
そんな買い物上手なカイさんの、何気ない日々の断片。
カイさん、今日は気の遠くなるような「時」を感じて……


その縁側にはいつも、おばあさんがいた。
休日にスーパーへ買い物に行く時など、たまに通るだけの道沿いにある、古びた木造一軒家。通りに面して背の低い竹垣が巡らせてあるだけなので、歩きながら見るともなく庭と縁側が見えてしまう。その日だまりにいつも、小さなおばあさんがひとり、背中を丸めて座椅子に座っていた。
時々、大きな音で音楽を流していた。きっと耳が遠いのだろう。パチパチ爆ぜるような音が交じるから、古いレコードなのかもしれない。曲はいつも決まっていた。モーツァルトのピアノ協奏曲、第20番ニ短調。
この間は、編み物をしていた。
陽光を吸って水の幕を張ったように膨張して見える茶色の板張りの上に、無造作に転がった深い紺色の毛糸玉が鮮やかだった。沓脱石の上で、枯れ葉が一枚、微かな風に震えていた。庭には柿の木があり、何という種類かわからないが、縦長の実がまばらになっていた。
そんな舞台の書き割りのような情景を、カイさんは通りすがりの竹垣越しに見た。
一度も言葉を交わしたことはない。が、ずっと気になっていた。
どんな人生を送ってきた人なのだろう。
だが、それだけの理由で呼び鈴を押すわけにもいかない。ひとり暮らしの高齢者を狙った詐欺だと思われてしまうかもしれない。
でも、このおばあさんとはいつか、話をする時が来る。根拠はないけど、カイさんはここを通るたび、いつもそんな気がしていた。

そのおばあさんが、今、カイさんを見上げている。
蝋のような肌に無数のシワを波打たせ、驚いたような表情を浮かべて。
まばゆさの割にぬくもりをほとんど伝えてこない、秋らしい光に満ちた昼下がり。息を深く吸い込むと、鼻の奥を涼気が撫でて、泣きはらした後のような疼きが残る。そんな感覚を味わいながら散歩をしていたカイさんは、気まぐれにお寺の山門をくぐった。
イチョウの葉を散り敷いた石畳の先、ひときわ大きなイチョウの木の根元のベンチに、お年寄りが座っていた。斜めについた杖に両手を添えて、まるで球体のように背中を丸め顔を伏せていたが、すぐに、あの家のおばあさんだと気づいた。
カイさんは早まる鼓動を抑えて石畳を進んだ。挨拶をしようか逡巡しつつベンチのそばまで来た時、不意におばあさんが顔を上げ、ゆっくり視線を巡らし、カイさんを見た。
眠たげに見えたその表情が、みるみる変わった。
カイさんは思わず足を止め、問いかけるように笑みを向けた。
そのまま、少しの静寂が流れた。
小さく風が吹いた。お寺の一角に置かれたお地蔵さんのまわりで、色あせた赤いかざぐるまが、乾いた音をたてて回った。

「何カ?」
カイさんはささやくようにそう尋ね、すぐに思った。このおばあさんは耳が遠いんだった。改めて大きな声で問い直そうとすると、おばあさんは我に返ったように巾着袋から手帳とペンを取り出し、何かを書いてカイさんに向けた。
「ごめんなさい 似てたから」
筆圧は弱いが、品のある文字だった。だが、どういう意味だろう。カイさんが首を傾げると、おばあさんは胸元から何かを引っ張り出した。
かなり古そうなロケットペンダントだった。おばあさんは慣れた手つきでそれを開き、カイさんに見せた。
そこには、若い男性の写真が一枚。ずいぶん色あせているが、顔かたちはかろうじて見て取れた。何かを言いかけているように、少し唇が開いている。
「ソノ方ハ?」
カイさんはペンと手帳を借りて、そう尋ねた。
「待ってる人」
おばあさんが書いた答えは、これだけだった。
そして手帳をしまい巾着袋の紐を締めると、よっこいしょと、すきま風のような声を漏らし、ベンチを立った。杖をついてゆっくりゆっくり去りゆくその小さな後ろ姿を、カイさんはただ見送った。

ご主人なのか、息子さんなのか、それとも、結ばれなかった恋人なのか。
おばあさんは何年も、いや、きっと何十年も、ずっと待ち続けてきた。
人間は、待つ人と待たせる人の二種類に分かれると、誰かが言っていた。それは持って生まれた運命のようなものだと。
待つ身が辛いか、待たせる身が辛いか。それはわからない。ただ少なくとも、待つ身と待たせる身とでは、時がまったく違う速さで流れている。これだけは、言えそうな気がする。うまく交わることなど、あるのだろうか……
おばあさんがいなくなったベンチに腰を下ろして空を見上げながら、カイさんはそんなことを考えた。
空には雲がひとつもなく、ただ距離を失くした青だけがあった。
その晩、夢を見た。
くすんだ鏡の中に、若い女性が映っていた。彼女があのおばあさんだと、なぜだかカイさんにはわかっていた。胸が苦しくなるのを堪えて、尋ねた。
「アナタハ、一体ドレダケノ年月ヲ……」
彼女はその問いを遮るように髪を揺らし、こう言った。
「過ぎた年月なんて、ないのと同じ。今、私は待っている。ただそれだけよ」
数日後、カイさんはまたあの道を通った。
やはりおばあさんは、縁側にいた。

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- 第131話
渡せなかった後悔と仮定(2018/02) - やはりこの時期、ティッシュやマスクは鞄に常備しておくべきだと、カイさんは激しく後悔した。
カイさんはわりと……
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- 第131話
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- 第130話
「布団最強説」を発見した夜(2018/01) - くじ引きの結果、「節約」と決まった。
その二文字が書かれた小さな紙片を手に、さっそくカイさんは部屋をうろつ……
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- 第130話
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- 第129話
年賀の代わりに往復書簡(2017/12) - カラーペンや色鉛筆やミカンが乱雑に転がるこたつの前で、カイさんは背筋を伸ばして胸高に腕組みをしていた。しばら……
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- 第129話
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- 第128話
小さな幸運と誰かの思惑(2017/11) - 試しに、つま先で軽く彼の革靴を蹴ってみた。
蹴られた拍子にビクッと体を揺らして目を開けた青年は、ハッと首を……
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- 第128話
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- 第127話
夢の記憶と金木犀の秘密(2017/10) - 読書と、お酒。
秋の夜長の過ごし方としてあまりにベタな2つだが、カイさんにとっては秋に限らず、一年を通して……
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- 第127話
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- 第126話
川面に跳ね返った諺の矛先(2017/9) - カイさんの住む町には、大きな川が流れている。
時には川沿いの道路を自転車で疾走したり、時には河原や土手をの……
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- 第126話
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- 第125話
理解と誤解と揺れるブランコ(2017/8) - 祭り、というほど派手な賑わいはないけれど、きっとこの時期限定の彩りなのだろう。通りの両側に点々とぼんぼりが連……
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- 第125話
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- 第124話
ねぐらを探して彷徨う山道(2017/7) - 一晩の宿を、貸していただけないでしょうか──
こんな、昔話でしか聞いたことがないような台詞を、まさか自分が……
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- 第124話
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- 第123話
押し入れの中の湿気と空想(2017/6) - 今日も、雨。
天気予報では一日中降り続くと言っていたけど、特に予定もない休日の雨は、嫌いじゃない。雨音……
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- 第123話
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- 第122話
日暮れを待つ間に歩く道(2017/5) - 今日もまた、明るい夕空が頭上に広がっている。このままいつもの帰路を黙々と進み、狭いアパートの一室に潜り込……
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- 第122話
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- 【第121話】
思考回路のマイナスとプラス(2017/4) - 「この間冷蔵庫が壊れて買い替えたばっかりなのに、今度は洗濯機が壊れちゃったの」
いつものようにアパートの……
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- 【第121話】
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- 【第120話】
未だ来ぬ誰かを見つめ続けて(2017/3) - 「ア、サッキノ人……」
行き交う大勢の人々の中には、明るい色のスプリングコートやパーカーなど軽装の姿もち……
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- 【第120話】
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- 【第119話】
苦手な思いが溶けた後で(2017/2) - バレンタインデーの朝、チョコをもらった。
カイさんはその事実を、事実どおり頭の中で文章にしてみて、ちょ……
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- 【第119話】
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- 【第118話】
ホトケの顔を窓に映して(2017/1) - ほとぼりが冷めた頃に……という言い方はふさわしくないかもしれないけど、カイさんは毎年三が日をしばらく過ぎ……
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- 【第118話】
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- 【第117話】
両翼のないヒトの足どり(2016/12) - 翼が、折れた。
傷ついた心を表す気取った比喩……ではなく、文字通り、大きく広げた翼が根本からポキリと折……
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- 【第117話】
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- 【第116話】
髪切る音と名画のシーン(2016/11) - シャキッ、サラサラサラ……
ウィンドブレーカーの表面を、髪の毛が流れるように滑り落ち、床に積もる。その……
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- 【第116話】
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- 【第115話】
海の底から見上げる艦隊(2016/10) - なるべく、高い建物のない所へ。
ただそれだけを求めて郊外へ郊外へと歩き続けた足は、すっかり疲れ切ってい……
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- 【第115話】
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- 【第114話】
遠く横断歩道に見送るシーン(2016/9) - 薄青い明け方の光を滲ませたシーツの上で、おぼろな夢から抜けきらぬまま、カイさんは腕をもぞもぞ動かして掛け……
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- 【第114話】
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- 【第113話】
水の冷たさと人のぬくもり(2016/8) - 胸元に引き寄せた拳をギュッと握り、ゆっくり、ゆっくり、体を沈めていった。
こんなに暑くても、水ってやっ……
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- 【第113話】
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- 【第112話】
クルクルめぐる疑問符と陰陽(2016/7) - 「冷やし中華でも食うか」
コバヤシ君の何気ない一言で、たまたま目にした中華料理店に、何気なく入った。
……
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- 【第112話】
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- 【第111話】
お気に入りの場所が消えたワケ(2016/6) - 梅雨の晴れ間、とは言っても、空気はたっぷり湿気を含んでいるようで、おそらくそのせいだろう。強くブレーキを……
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- 【第111話】
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- 【第110話】
手のひらから伝えたい感謝(2016/5) - 朝、小鳥のさえずりで目を覚ます。
こう言葉にすると、安っぽいドラマの台本のト書きみたいで陳腐なようだけ……
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- 【第110話】
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- 【第109話】
モーニングセットと若い夢(2016/4) - 窓から差し込む黄色い朝日が、程よく焦げ目のついたトーストの上でじんわり溶けていくバターを、キラキラ輝かせ……
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- 【第109話】
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- 【第108話】
ロウで固めた空想の翼(2016/3) - フッ……
と突然、明かりが消えた。何となく付けっぱなしにしていたテレビもプツリと消え、不意の静寂が闇の……
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- 【第108話】
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- 【第107話】
小さな落としものから聞こえた秘話(2016/2) - 「アノ、落チマ……」
語尾の「シタヨ」だけはかろうじて飲み込んだものの、それでこの失言がなかったことに……
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- 【第107話】
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- 【第106話】
冬に訪れるケダマンの戦い(2016/1) - 一瞬、火花まで見えた気がした。口を「お」の形に開いたまま右手を指揮者のように高く上げ、カイさんはしばらく……
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- 【第106話】
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- 【第105話】
聞こえなかった音を探して(2015/12) - ゴン、と何かに頭を打ちつけて、目を覚ました。
寝ぼけたままカイさんは、頭の右側のぶつけた所を手のひら……
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- 【第105話】
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- 【第104話】
通りの華やぎと裏路地の今(2015/10) - 「プレゼントでお探しですか?」
明るい髪色をした若い女性店員さんに声をかけられ、カイさんは中腰で覗き込んでい……
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- 【第104話】
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- 【第103話】
見下ろす景色と見上げる思考(2015/9) - 今、カイさんの視界には、深緑色の海原しかない。
その海面がむくむくと盛り上がり、と思えばみるみる陥没し、延……
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- 【第103話】
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- 【第102話】
下駄歯のあいだに棲みなすものは(2015/9) - そういえば、この夏は一度も下駄を履かなかったな……
ようやく扇風機なしでも過ごせるようになった、ある休日。……
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- 【第102話】
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- 【第101話】
無人の町の涼と妄想(2015/8) - 「アァ……ッツイ!」
しわくちゃのタオルケットを足の間に挟み、勢いよく寝返りを打った。耳元で、ぬるくなった水……
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- 【第101話】
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- 【第100話】
真昼の夢と縁台の涼(2015/7) - はらり……と床の上に広げると、い草の香りが部屋に満ちた。
通販で買ったゴザが、たった今届いた。江戸間の一畳……
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- 【第100話】
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- 【第99話】
大河を前に小屋二軒の潔さ(2015/6) - くせ毛がコンプレックス。
それもあるが、カイさんはとにかく、湿気が苦手だ。気温は25度もないのに湿度が60……
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- 【第99話】
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- 【第98話】
わらしべ休日に得たものは(2015/5) - 押入れのふすまを全開にし、鴨居に手をかけて中をのぞき込んだ。
「コノ辺ハ、モウイイカナ」
ダウンジャケット……
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- 【第98話】
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- 【第97話】
お腹いっぱい新鮮空気と朝ごはん(2015/4) - 「マタ、ヤッチッタ……」
首を回しながら、玄関の横のすりガラスに滲む水色を見、ハードディスクレコーダーの時……
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- 【第97話】
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- 【第96話】
目に淡すぎる春の色調(2015/3) - もう、卒業なのかな。
年が明けた頃から何となく抱きはじめたその推測は、やっぱり当たっていたんだと、今朝もま……
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- 【第96話】
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- 【第95話】
雪原を踏んで二月のお参り(2015/2) - 低い西日が一面の雪に照り返り、眩しくてまともに目を開けていられない。苦笑いが貼り付いたような顔を伏せ、カイさ……
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- 【第95話】
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- 【第94話】
林を駆け飛ぶ新年の吉兆(2015/1) - 「ドレニシヨウ……」
買い物カゴを肘に引っかけ、アゴに手を添えて小首をかしげるというベテラン主婦のような姿勢……
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- 【第94話】
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- 【第93話】
今ここにある人混みの断章(2014/12) - 街を行き交う人々は寒そうで忙しそうで、毎年この時期のそんな雑踏に、今日はカイさんも同化していた。仕事の所用で……
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- 【第93話】
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- 【第92話】
穴に舞い込んだ珍客(2014/11) - ワーン……という奇妙な音が、強くなり弱くなりしながら、町を覆っている。
送電線が、風で鳴っているのだ。その……
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- 【第92話】
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- 【第91話】
眠たげな秋の海辺から(2014/10) - だるまのヒゲのような、太い刷毛で短くサッと半円を描いたような雲が、4つ5つと垂直に連なって、ゆっくりと左へ流……
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- 【第91話】
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- 【第90話】
奇遇の連鎖と小石の軌跡(2014/9) - 「……ないんだよ、カイが」
背後から聞こえた声に、カイさんはビクッとして振り返った。
いつものように喫茶店……
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- 【第90話】
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- 【第89話】
大掃除からの軽トラドライブ(2014/8) - 止めどなく流れ出る──
これはたとえば、涙が止まらない時などに使う詩的な表現なのかもしれない。でもカイさん……
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- 【第89話】
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- 【第88話】
子どものルールとありふれた場景(2014/7) - 両手を、ずっしりと砂の熱が包み込んだ。
指と指の間をまんべんなく埋め尽くす砂粒の一つ一つが、昼間さんざん浴……
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- 【第88話】
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- 【第87話】
裸足で聴き入るカエルの唄(2014/6) - ねずみ色の水面が、煮え立つように暴れている。
バラバラとビニール傘を乱打するせわしない雨音につつまれて、カ……
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- 【第87話】
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- 【第86話】
大草原の小さなワナ(2014/5) - 土手を上りきると、緑色の風が強く吹きつけた。
眼下に広がる河原の景色、それは景色というより、緑という「色」……
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- 【第86話】
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- 【第85話】
見知らぬ商店街の歩き方(2014/4) - 初めての商店街を、まるで長年暮らしている地元住民のような顔をして歩く。
これはある意味、カイさんの趣味とい……
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- 【第85話】
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- 【第84話】
朝日が奏でる音楽と詩(2014/3) - 妙なところで、春に気づいた。
口に歯ブラシをくわえながら、食卓の上に出しっぱなしにしていた昨夜のお酒を片付……
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- 【第84話】
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- 【第83話】
雪解けの道に小さな背中(2014/2) - コンタクトレンズが汚れてるのかな?
カイさんは何度か目をこすってみたが、どうやら違うようだ。これは、光のせ……
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- 【第83話】
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- 【第82話】
流れゆく都会の喜劇(2014/1) - 「あれ、本末転倒っすよね」
吊革につかまったカイさんの肩を突っつき、シンサク君が小声で言った。電車の窓を流……
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- 【第82話】
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- 【第81話】
ささやかな秘密にピースサイン(2013/12) - 寝ぼけまなこで、古びたフィルムの映像を見ているような──
初めて訪れた街の駅に降り、歩道橋で結ばれたいくつ……
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- 【第81話】
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- 【第80話】
鈍色の空と少女の決意(2013/11) - 門から玄関へ続く飛び石の横で、薄いピンクの葉ボタンが冷たい雨に濡れていた。
玄関のひさしの下で傘をたたみ、……
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- 【第80話】
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- 【第79話】
慣れと不慣れと日々の鮮度(2013/10) - 飛行機が、空を飛ぶ。
普段は気にもかけないけど、たとえば空港で巨大な機体を間近に見たとき、どうしてこんなも……
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- 【第79話】
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- 【第78話】
年の差同志と残暑の再会(2013/9) - 自販機の小窓から、アイスコーヒーが注がれた紙コップを取り出して振り返ると、真正面に学生服を着た少年が立ってい……
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- 【第78話】
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- 【第77話】
遠くても歩みゆく一歩の確かさ(2013/8) - せめて、線路に沿った道を選べば良かった。そうすれば、途中からでも電車に乗ることができたのに……
「イヤ、イイ……
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- 【第77話】
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- 【第76話】
『網目をすり抜け招かざる客』(2013/7) - 「マタヤラレタ……!」
蒲団をはね飛ばし、電気スタンドを点け、枕元に置いてあるかゆみ止めのフタを大急ぎで外す……
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- 【第76話】
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- 【第75話】
水底のしじまと蝶の羽音(2013/6) - ここなら、湿気なんて気にならない──
くの字に丸めた手のひらで水をグンっと後方に押しやりながら、カイさんは……
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- 【第75話】
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- 【第74話】
未だ見ぬ花と自然の符合(2013/5) - 同じ形、同じ色をしたバスが数台、狭いロータリーの中を右へ左へ動き回っている。ちょっと進んだり、停まったり、ス……
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- 【第74話】
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- 【第73話】
懈怠の春には炭酸水(2013/4) - 雨上がりの春の夜は、舗道のアスファルトまで柔らかく感じられた。ふわふわと心地よい、と人は思うのかもしれないが……
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- 【第73話】
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- 【第72話】
焦がれることなく平らかに(2013/3) - 図書館の空気は、密度が濃い。
自動ドアが開いて一歩踏み入った瞬間、カイさんはいつもながらそう思った。
単……
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- 【第72話】
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- 【第71話】
遠い宙に描く軌道(2013/2) - 「彼女とでも行ってきなさい」
ニコニコしながら大家さんは、家賃の領収証と一緒に、オブラートのように薄いビニー……
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- 【第71話】
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- 【第70話】
冷たい夜の静寂の底(2013/1) - 異次元への入り口のように、降る雪粒を音もなく吸い込んでいく黒々と湿ったホームに、カイさんは降り立った。
乗……
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- 【第70話】
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- 【第69話】
雪降る森の道の遠景(2012/12) - 「ぽっかり時間が空いたんでね」
いつものように予告なくコバヤシ君が家にやって来たのは、遅めの昼食を終えて食器……
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- 【第69話】
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- 【第68話】
幾千幾万もの一日千秋(2012/11) - その縁側にはいつも、おばあさんがいた。
休日にスーパーへ買い物に行く時など、たまに通るだけの道沿いにある、……
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- 【第68話】
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- 【第67話】
過ぎ去りし夏へ(2012/10) - 「モウ、夏ガ嫌イニナリソウダ……」
あまりに暑く、あまりに長かった今年の夏、カイさんは、生まれて初めてそう……
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- 【第67話】
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- 【第66話】
ほのかな想いは山の彼方に(2012/9月) - 誰もいないプールに潜り、底に背中をつけ仰向けに大の字になって、光が揺らぐ水面を見上げた。青空が、美しく歪んで……
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- 【第66話】
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- 【第65話】
妖しく暮れゆく路地問答(2012/8月) - まるで、青い画布にサンゴ色の油絵の具で火炎を描いたような空だった。
スーパーの買い物袋を下げたカイさんは、……
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- 【第65話】
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- 【第64話】
夏の夜明けの夢うつつ(2012/7月) - 文庫本を左手に持ったまま、天井に向かって思いっきり両腕を伸ばした。肘や肩の関節から、パキパキと乾いた音がこぼ……
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- 【第64話】
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- 【第63話】
廃屋を守る二対の門番(2012/6月) - 雨宿り、という日本語は、いずれ消えてしまうかもしれないな。
突然の雨に降られても、コンビニに行けば安いビニ……
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- 【第63話】
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- 【第62話】
いつかの五月を描くこころみ(2012/5月) - 寓話のような夢を見て目を覚ました時、まだ夜は明けていなかった。
枕に顔を埋めて夢の内容を反芻している間に、……
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- 【第62話】
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- 【第61話】
まっすぐに育つ若武者の春(2012/4月) - 「カイ兄ちゃん、お久しぶりっす」
絹ごしされたような滑らかな朝の光を背に、イガグリ頭が深々とお辞儀した。シン……
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- 【第61話】
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- 【第60話】
洋館に流れる海風と旋律(2012/3月) - 短い呼び鈴の音が消えると、遠く背後のかすかな波音が、沈黙を縁取った。
「留守ミタイダナ……」
もう一度鳴ら……
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- 【第60話】
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- 【第59話】
微熱の感度で眺める冬は(2012/2月) - 「雪夜ノ闇ハ、濃紺色ヲシテルンダナ」
マフラーに顎を埋めたまま、目だけで空を仰いで、カイさんは思った。
……
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- 【第59話】
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- 【第58話】
街をたゆたう根無し草の唄(2012/1月) - 不動産屋さんは、ワンサイズ大きい靴を履いている。
これまでの経験から、カイさんが導き出した法則だ。おそらく……
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- 【第58話】
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- 【第57話】
その目に映る街の景色は(2011/12月) - どこの街にも、その街特有の匂いがある。
駅に降り立ち、カイさんは改めてそう思った。何の匂い、というのではな……
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- 【第57話】
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- 【第56話】
小さな胸の痛みと放物線(2011/11月) - 日ざしはあっても、このあたりは空気がひんやり感じる。川がささやく清涼な瀬音のせいかなと、カイさんは思ったりし……
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- 【第56話】
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- 【第55話】
達人の余裕 素人の狼狽(2011/10月) - 「何シテルンデスカ?」
格子戸から玄関へと続く飛び石の途中でカイさんは足を止め、挨拶がてら声を掛けた。庭に、……
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- 【第55話】
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- 【第54話】
差しだす手 受け取る手(2011/9月) - 季節感のない、不思議な空だった。
青空がのぞく隙間もないほど、一面に雲が満ちている。といって、単純に「曇っ……
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- 【第54話】
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- 【第53話】
たらいの波紋と光の揺曳(2011/8月) - 手をかざして仰ぎ見るビルは、照りつける太陽を窓ガラスにギラギラと弾き返し、目も眩むほどだ。
仕事の打合せで……
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- 【第53話】
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- 【第52話】
黎明に見る夢の軌道(2011/7月) - ぐっしょり濡れたシャツが、肌に生ぬるく貼りついている。が、それをさして不快と感じないのは、程よくお酒が入って……
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- 【第52話】
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- 【第51話】
水色自転車の冒険(2011/6月) - サドルを指先でスッとなでると、一筋、太い線が残った。
しばらく乗っていなかった自転車は、全体がうっすらと土……
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- 【第51話】
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- 【第50話】
目には青葉 山ホトトギス 親知らず(2011/5月) - 東向きの窓から射す朝の光が、狭い洗面所を白くふくれあがらせている。
寝ぐせ頭を揺らしながら歯を磨いていたカ……
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- 【第50話】
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- 【第49話】
夜が滲みてくる(2011/4月) - 今年の春は、少し遅いようだ。カイさんは、高い空を見上げ、肩をすぼめた。
いつもとは雰囲気の違う、いつもの街……
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- 【第49話】
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- 【第48話】
春を見つめるダルマの目(2011/3月) - 家に着くなり、上着を脱いで灯りの下に広げてみた。
やっぱり、穴が空いている。どこで引っかけたのか覚えがない……
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- 【第48話】
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- 【第47話】
決戦前夜の青年の主張(2011/2月) - 「サテ……後ハ何スレバイイノカナ?」
片づいた部屋を見渡しながら、カイさんは額を拭った。
開けた窓から舞い……
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- 【第47話】
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- 【第46話】
海辺に育む家族の風景(2011/1月) - 左手の彼方に茂る松林の向こうから、波の音がかすかに聞こえてくる。
紙袋を下げたカイさんは、低いブロック塀づ……
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- 【第46話】
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- 【第45話】
ウサギにまつわる小さなお話(2010/12月) - 冬の午前の薄い陽光が、畳の上に四角く落ちている。
窓辺に置いた文机に長いことかじりついていたカイさんは、ペ……
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- 【第45話】
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- 【第44話】
晩秋の海の昼と夜(2010/11月) - なんだか、妙についてない一日だった。
棚からぼたもち、のような、何か特別に良いことなんて、期待しているわけ……
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- 【第44話】
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- 【第43話】
明瞭の秋は静かに過ぎゆき(2010/10月) - 或る朝目を覚ますと、視力が良くなっていた……ような気がした。
少し遅く起きた休日。大きく伸びをしながら窓を……
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- 【第43話】
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- 【第42話】
あやかしの旅に日が暮れて(2010/9月) - 音のないテレビが、灯りを落とした部屋に、色とりどりの光をまき散らしている。
休日前の深夜。明日の予定は、何……
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- 【第42話】
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- 【第41話】
止まった時計に導かれて(2010/8月) - 軒下で、青銅色の風鈴がチリン……と鳴った。
窓から見える街のすべてが、陽炎の中に揺れている。そよぐ風鈴の短……
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- 【第41話】
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- 【第40話】
いつかの願いと朝もやの祝福(2010/7月) - 耳を、思いきり平手で叩かれ、目が覚めた。
「イテテテ……」。
正しくは“叩かれ”ではない。耳元をかすめた高……
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- 【第40話】
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- 【第39話】
霧雨舞う日の内と外(2010/6月) - 煙が、磨りガラスの小窓を細く開けた隙間に向かって斜めに流れ、網戸に濾されるように外へ出てゆく。
炒めた野菜……
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- 【第39話】
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- 【第38話】
葉音さざめく城址にて(2010/5月) - まるで、緑の早瀬を泳いでいるようだ。
袖口や襟元から服の中に舞い込む風が、まだ少し冷たい。まばゆい初夏の日……
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- 【第38話】
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- 【第37話】
移ろう季節のプリミティブ・ドライブ(2010/4月) - 予定より早く目が覚めたのは、いくらか緊張しているせいかもしれない。
シャワーを浴びて、しぼりたてのフレッシ……
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- 【第37話】
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- 【第36話】
駆け出す春の向こうがわ(2010/3月) - 頬にあたる風が、やわらかい。カイさんの額に、早くも汗が浮いた。
うす桃色の夕空で、カラスが数度、長く鳴いた……
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- 【第36話】
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- 【第35話】
月の彼方に消えゆく湯気(2010/2月) - 月が、揺れている。
熱いお湯の中で四肢を伸ばし、タイルの縁に頭をあずけたカイさんは、高い天井近く、横に細長……
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- 【第35話】
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- 【第34話】
火影揺れる雪国ものがたり(2010/1月) - 快晴の冬空から照る光が、あたり一面をこんもりと覆う白雪の上をキラキラ跳ね踊る。そのリズムが、カイさんの頭の中……
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- 【第34話】
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- 【第33話】
にぎわいの片隅で見つけたもの(2009/12月) - ザワザワ、という擬音を、最初に思いついた人は、すごい。
たくさんの人が集まっている場所では、確かに空気が、……
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- 【第33話】
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- 【第32話】
長すぎる秋の夜の美術館(2009/11月) - 寒い……。
と思った瞬間、カイさんはハッとして飛び上がるように身を起こした。
「シマッタ!」
すばやく周……
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- 【第32話】
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- 【第31話】
鏡の空にきらめくクモの糸 (2009/10月) - 湖の浅瀬をたゆたうように手足を動かし、掛け布団をたぐり寄せた。
明け方、涼しさに目を覚ますことが、このごろ……
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- 【第31話】
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- 【第30話】
初秋の森にサムライ・スピリット(2009/9月) - カリ、カリカリ、カリ……
頭上から、小気味よい音が断続的に聞こえる。見ると、枝の上でリスが、ほほをふくらま……
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- 【第30話】
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- 【第29話】
凪の夏空は遙か遠く(2009/8月) - まるい水平線が、彼方に淡くにじんでいる。広い広い海原にまたたく銀色の破片に、カイさんは目を細めた。
ハマユ……
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- 【第29話】
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- 【第28話】
つながり灯る蛍火の夜(2009/7月) - 鏡の中のカイさんは、浮かない顔で小首をかしげた。
キャスケットを脱いで棚に戻し、ぐるり360度を改めて見渡……
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- 【第28話】
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- 【第27話】
雨降る江戸に思いを馳せて(2009/6月) - ネクタイを整えながら見上げた空は、灰白色をしていた。
今日はめずらしくスーツ姿のカイさん。仕事で、とある映……
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- 【第27話】
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- 【第26話】
音の色、若葉の薫り(2009/5月) - ブザーが鳴り、砂時計の砂が落ちるように、ざわめきがすっと引いていく。
音楽堂の中の空気が、凪いだ。
照明……
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- 【第26話】
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- 【第25話】
軽やかに、はじめのいっぽ(2009/4月) - 朝の光が、なめらかな曲線を銀色にふち取っている。
ひと目で新一年生とわかる、ピカピカのランドセル。肩ベルト……
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- 【第25話】
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- 【第24話】
さようならの季節に(2009/3月) - ペダルを漕ぐ足から、力がすっと抜けた。
毎朝、仕事に出かける時に通る、いつもの住宅街。速度を緩めた自転車の……
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- 【第24話】
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- 【第23話】
火の元と風邪アテンション(2009/2月) - 浅い夢の映像が、突如、赤い明滅に包まれた。
危機に遭遇した潜水艦が急浮上するように眠りから醒めたカイさんは……
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- 【第23話】
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- 【第22話】
流星と冬の夜空と小さな神話(2009/1月) - 人々の頭や肩から立ちのぼる蒸気が、強烈な光を浴びて揺れている。
狭いライブハウスの中。50人ほどの若者が、……
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- 【第22話】
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- 【第21話】
いちばんの贈り物を買いに(2008/12月) - 魚眼レンズでのぞいたようにデフォルメされた自分の顔が、たくさん見える。
駅前の広場で、にぎやかに飾りつけら……
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- 【第21話】
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- 【第20話】
五・七・五で味わう秋模様(2008/11月) - ゆっくりと吐き出した息の白さを、目で追った。
それは一瞬でふわりと消え去り、後にはふたたび、11月の夜空が……
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- 【第20話】
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- 【第19話】
湯宿で見上げた月夜の空に(2008/10月) - 電車が揺れるたび、全身がきしむような感じを覚える。
窓縁に頬杖をつき、眼前を流れて行く山肌の秋色を眺めなが……
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- 【第19話】
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- 【第18話】
台風の夜に流れるメロディ(2008/9月) - まるで、山あいにひっそりと広がる沼のようだ──
緑がかった重たげな色に染まる低い空を仰ぎ、カイさんは思う。……
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- 【第18話】
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- 【第17話】
夕焼け空に祈るしあわせ(2008/8月) - 今夜もまた、熱帯夜のようだ。
仕事帰りに買った冷酒を下げ、アパートに着いたカイさんは、ポストに一葉のハガキ……
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- 【第17話】
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- 【第16話】
夏前の買い物でサプライズ(2008/7月) - 朝日は、まだ少し、雨の匂いがした。
物干し竿に点々と並ぶ小さな滴の中で、黄色い光が渦を巻いている。
開け……
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- 【第16話】
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■今月の特集
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■カイたいDAYS
- 旅立つ人へ 見送る人へ
第132話『旅立つ人へ 見送る人へ』 いつか、そのうち。時が来たら。
きっと多くの人が、そんな「時」をつま先の数歩先に陽炎のように漂わせながら、今 ……[記事へ]
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■うぇぶっさん
- stage.45 香川県 ちょうど、太ももの下に置いた小さなクッションみたい──
北海道が頭、本州が上半身から太もも、九州が膝から下 ……[記事へ]
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